「さがしもの」(角田光代)

人と本を繋げることの魅力

「さがしもの」(角田光代)
(「さがしもの」)新潮文庫

14歳の「私」は、
病床のおばあちゃんから
一冊の本を探すように言われる。
書名も著者名も
聞いたことのない本を。
「その本を見つけてくれなきゃ、
死ぬに死ねない」。
おばあちゃんが亡くなって
数年後、ようやく復刊本を
見つけた「私」…。

かつて本を探すという行為は、
本作品の「私」の経験同様に、
大変な苦労を要する作業だったのです。
私のように
地方に住んでいる人間にとっては、
書名・著者名・出版社名が
わからなければ、
調べてすらもらえないことが
多かったのです。
うまく調べてもらえても
在庫切れであれば一巻の終わり。
古書店は県庁所在地に
数件あるだけですから、
中古本から探すのは
不可能に近いものがありました。

それが今ではネットで検索すれば
大概のものは見つかります。
ネットで繋がることによって
格段に便利な世の中になりました。

ただ、繋がっていないことによる
良さもあると思うのです。
おばあちゃんから頼まれた
本を探す「私」には
次のような記述があります。
「私はあの本をさがし続けた。
 おかげでめっきり
 友達が少なくなってしまった。
 部活も入っていないし、
 放課後のおしゃべりにも
 加わらないから。
 けれど、さがすのを
 やめるわけにはいかなかった。」

そう、
人と必要以上に繋がっていないから、
自分の信じたことに向かって
つき進むことができたのです。
そして自分としっかり
向き合うことができたのです。

亡くなった後も、
おばあちゃんは幽霊として
「私」の前に現れ続けます。
しかし、おばあちゃんが
現れなくなるとともに、
「私」は偶然復刊本と出会います。
その本と巡り会い、
繋がりができるとともに、
切れてしまった
おばあちゃんとの繋がり。
いや、その本を通して
おばあちゃんと永遠に繋がっていると
考えるべきでしょうか。

最後の場面では、
「私」はブック・コンシェルジェとして
書店で働いています。
ブック・コンシェルジェは
人と本を繋げる仕事です。
ネットではなく、
人が人と本を繋げることの何という魅力。
そうです。「私」はどこまでも本と、
そしておばあちゃんと
繋がっているのです。

足を運べる範囲に、
こんな素敵な
ブック・コンシェルジェがいる
書店があれば、
リアル書店はもっと
活気溢れるものになると思うのです。
これも地方では
なかなか難しいことですが。
人と本の繋がりを描いた
短篇作品集の中の一篇。
本を愛する人たちに
ぜひお薦めしたい作品です。

※「コミュニケーション能力」という
 名の下に、人と繋がることが
 一つの価値のように
 捉えられがちですが、
 一人の時間を十分に楽しむことも
 人間には必要だと感じます。

(2020.7.9)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA